仙台文理 大学受験小論文入試
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医学部入試 仙台文理

学部特有の書き方

各学部で求められる特有の「書き方3タイプ」

タイプ1
小さな 小論文の型
該当学部 慶應−商・経
早稲田−商
慶應−文(自己推薦)etc
200字や300字で課題文の説明や200字程度でまとめることを求められるパターン
300字以下の短文の場合
A型
(基本型)
前半 尋ねられていることについて結論をズバリ書く
理由なら・・・・・・・・・・「なぜか」なら「・・・だからである」
課題文の内容説明なら・・・大分の主張をズバリ答える
自分の意見を問われているなら・・・「賛成だ」「反対だ」「・・・という形で解決
すべきだ」
後半 前半で書いた結論の根拠をまとめる
前半で書いた内容について、もう少し詳しく説明する
意見を求められている時は、その根拠を示す
B型
(A型の逆パターン)
前半 結論までの要素
後半 締めに結論
タイプ2
要約問題
該当学部 慶應−商・経
早稲田−商etc
課題文の要約や要約後に自分意見を求められる
要約の練習をする場合
要約3つの原則 @キーワードが含まれる場合はキーワードの説明せよ!
A大事な用語はそのまま使う!
B自分の表現に直す!
要約3つの心構え @課題文の筆者になったつもりで書く!
×の例「筆者は・・・と語っている」
A読めば全体がわかるような要約に!
B「理解している」をことを示す!

要約2つのタイプ

「タイプ1.のA型」で書く。200字未満で要約する場合に使いやすい
「タイプ1.のB型」で書く。200字を越す要約の場合に使いやすい
ほとんどの課題文は最後の3段落に結論が書かれるので、課題文の4段落の内容を前半に
要約してまとめ、最後の3段落の内容を後半にまとめる

1Pointoアドバイス・・・字数によって変わる書き方に注意!

@字数が150字以内の場合・・・「文章」とみなされないので、最初の1マスを空ける必要は無く、行
のはじめに句読点が来ても、そのまま書いてよい。
A字数が150〜200字を超える場合・・・「文章」とみなされるので、いわゆる「原稿用紙の書き
方」を守ること。

タイプ3
新・早稲田型
(4部構成異なるも役割)
該当学部 早稲田−
一文・二文
個性重視の傾向が強く「型」通り書くのを嫌う場合、自由作文風に書くパターン。
ただし、小説やエッセイを書くのが好きな人に限る。
第1部 「導入」
通常型の第3部に書く「例」を独立させたもの。できれば、読み手の興味を引く出来事で開始。
課題文と直接的な関連は無くてもよく、採点者が、「なぜ突然こんな話を始めたんだろう?」と疑問に
思うような書き出しで始める。
第2部 「つじつま合わせ」
「私がいま(第1段落で)このような話したのは、課題文を読んで連想したからだ」のパターンにする。
この部分で課題文のメインテーマをまとめる。(第1部で示した出来事と課題文の関係を明確化)
第3部 「展開」
問題の背景や理由の考察、対策や議論を広く社会一般にまで拡大する。(第2部の提起した問題を深く
掘り下げて論じる。従来の「展開」と同じ。
第4部 「結論」
従来型の結論と同じ。

下記の「課題文」模範解答の例を「新・早稲田型」にすると以下のような、個性的な文章になる。
(注)文章を書くのが苦手な人はこの「新・早稲田型」を使ってはいけない。

「新・早稲田型」 模範解答

第1部

 父は小さな会社を経営している。「うちの会社は民主的だ。部下の意見を聞き、社員の権利を守る。昔の日本の やり方ではダメだ。これからは、開かれた会社でなくてはいけない」というのが父の自慢で、社員の前でいつもそう訓示している。 ところが、注文が入って忙しいかったのに、新入社員が残業を拒否して時間通りに帰ったらしい。すると、父は怒って家に帰り、 その日は夜遅くまで機嫌が悪く、私たちにまで当たり散らしていた。最近では、女性社員が「私はいつまでも男性のアシスタントをさせられている。 もっと、力に見合った仕事をさせて欲しい」と訴えてくるという事件が起こった。父は家に帰るなり、「最近の女はなってない」とグチを言っていた。 ついでに、父に反抗した妹までもがとばっちりを受けて、激しく叱られた。

第2部

 課題文は「明治以降の日本人は、公的な場では欧米の個人に基づいた建前を口にし、公的な場を離れると世間に即して本音を語った。 こうして、新たな本音と建前の区別が生まれた」と語っている。私の父など、まさしく社員の前では西洋的な建前を言い、 自宅では古い日本の世間的な考えに基づいく本音を言う典型だろう。家でいう本音と建前があってこそ、精神は健康でいられるということはあるにせよ、 父を見ていると、矛盾を感じずにはいられない。

第3部

 日本では、市民社会のルールが定着していない。建前として民主的なことを語っても、それが現実社会では通用せずに、 あいかわらず古い体質で動いている。だから、会社で民主的な制度になっていても、社員が権利を主張すると白い目で見られ、 黙って言いなりにことが求められている。それどころか、口では市民平等を語りながら、本音では差別を容認していることも多い。 このような状況が続く限り、日本に民主主義が定着するとは思われない。このような状況を改めて、建前と本音の距離を縮め、 もっと市民のルールが定着してこそ、日本の民主主義は成熟するのである。

第4部

 したがって、私は、建前と本音を別のものとみなす現在の状況を改めてるべきだと考える。そうしてこそ、建前を社会に生かすことができるのである。

「課題文」慶應の法学部の通常型の解答を新・早稲田型で書くと個性的な文章となる例
次の文章を読んで、明治以降の我国における「建前と本音」について筆者の考え方を300字
程度で要約し、その内容と関連づけながら、あなたの意見を述べなさい。

 我が国においては個人は長い間西欧的な個人である前に自分が所属する人間関係である「世間」の一員であった。したがって何らかの会合おいて発言する際には個人としての意見を述べる前にまず自分が所属す る「世間」の利害に反しないことを認識しなければならない。まず、「世間」人として発言しなければならなかったのである。自分自信の意見は本音として「世間」の陰に隠れていた。「世間」を代弁する発言はこうして個人 にとって建前となり、本音と区別されたのである。こうして「世間」と個人の関係の中で我が国における建前と本音の区別が生まれたのである。
 このような建前と本音の違いはくっきりとした輪郭をもって現れたのが明治以降の我が国のあり方、特に近代化、西欧化との関係の中においてであった。明治政府は欧米の近代化路線を採用することを決めた。しか しその際に真の意味で我が国を欧米化するすることが考えられていたわけではなく、少なくとも社会構造や政府機関の組織、軍政や教育などの面での近代化が考えられていただけである。制度やインフラストラクチャー の面での近代化に過ぎず、精神面では旧来の路線の上で全てが考えられていたのである。
 このような状況の中で我が国特有の状況が増幅されたのである。欧米は圧倒的な文明の力を持って我が国に圧力をかけてきた。それは単に軍事力や合理的な法体制だけでなく、フランス革命を経て身につけた人権 理念を表面的に掲げたものであったから、抵抗のしようがなかった。明治時代に欧米を訪れた政府の要人たち は欧米の社会の基礎をなしている理念の圧倒的な力に感嘆を惜しまなかった。武力だけの圧力なら抵抗のし ようもあっただろうが、否定しさることのできない崇高な理念を掲げられたとき、その前にひれ伏すしかなかった のである。しかも我が国の現実は欧米とはあまりにかけ離れていた。明治時代に我が国は国を挙げて欧化政 策に取り掛かるしかなかったのである。しかし欧化といってもそれは法制や行政構造、産業、教育制度などに限 定され、人と人の関係のあり方にまではとうてい及ぶものではなかった。欧米諸国は近代化以前に数千年の時 間をかけてその準備をしてきたのであり、我が国が欧米化路線を採用したとしてもわずかの時間にそのすべてを たどることができるはずもなかった。また当時の要人たちも精神の面まで欧化しようと考えていたわけではなく、 いわば和魂洋才の道を模索していたのである。
 文明にせよ、文化にせよ、最終的にはその根幹に人と人の関係のと特異なあり方がある。新しい人と人の関 係のあり方が生み出されたとき、新たな文明が誕生する条件が生まれたことになる。明治時代に我が国は欧米 の諸制度を取り入れながら、結果としては人と人の人間関係については従来の形を残すことになった。そのよう な決断を明治政府がしたわけではない。圧倒的な欧米の近代的諸制度を前にして身も魂も奪われかねない状 況の中でかろうじて踏みとどまったというべきであろう。こうして「我が国特有の状況が生まれた。国家の体制と 法制、経済の諸制度、教育体制などは欧米に範を得て一応近代化されながら、一人一人の人間の生き方の点 では従来の慣行が維持されたのである。
 この状況はしかしやや複雑であった。なぜなら当時欧米を訪れた人々は欧米の近代的個人のあり方に感嘆し、 我が国の個人のあり方に不満を漏らしていたからである。欧米の個人のあり方を理想とする人々も少なからず いたのである。しかし我が国は結果として従来の個人のあり方を変えることはなかった。こうして近代的な枠組 みの中に従来の個人のあり方だけが残ることになった。
 従来の人と人とのあり方とは一言でいえば「世間」のことであり、「世間」が生き残ったということでなのである。 (中略)近代的な諸制度の中に伝統的な人間関係である「世間」が生き残ったということはその後我が国の諸問 題に深くそして決定的な影響を残すことになった。政治や経済の諸問題だけでなく、法や教育の面においても欧 米の影響は大きかったから、これらの諸問題については常に欧米に範が求められていた。欧米の個人のあり方は当時の知識人を 捉えてはいなかったし、明治以降の我が国の体制の中では欧米に範をとった近代化路線が主流を成していたから、 政治家も学者も文化人も公的な発言をする際に欧米流の発言を主として発言していたのである。
 しかしひとたびその内容が発言者個人の生き方に関わる場合には複雑な事態となった。なぜならそこには「世間」が生きていたからであり、 公的な発言をするものは常に自分の生き方と離れて別な事前のこととして話をしていたのであり、自分の「世間」に関わらないよう用心していたのである。
 こうして建前と本音の世界の区別が生まれたのである。人々は公的な発言をする際には常に「欧米流の内容 を主として発言し、公的な場を離れたときには自分の「世間」に即して本音でしゃべったのである。明治以降我が国は このようにして理念の世界と本音の場の世界との極を持つことになり、特に知識人の場合はその相克は深刻なものがあった。
 大切なことは当時も今も「世間」は隠されていたことである。人々は自分が「世間」に私的生活の足場を持って いることを隠してあたかも建前の世界だけ生きているかのように振る舞ったのである。「世間」はこうして隠された のである。そのことは言葉としての「世間」が公的な文書から消え去り、日常会話の中でのみ生き残ったことに示 されている。明治十年頃にソサイエティーの訳語として社会という言葉が定められたとき、「世間」という語は公的 な舞台から消えていった。人々はあたかも「世間」が存在しないかのように振舞うことになったのである。しかし私 的生活領域を基礎とした「世間」は私たちの生活の中で極めて大きな部分を占めているから、「世間」の中で生き ている人間としてうなづけないことに対してはうわべはいかに人間としてうなづけないことに対してはうわべはいか に従うかに見えても強固な反対の意思が隠されているのである。
 我が国の近代化がもたらした最大の問題がこうして生まれた。以後今日まで人々は政治、法制、 教育そのほかのあらゆる分野において二重生活をやむなくされたのである。言葉は言葉それ自体として受け止められず、その 背後にある真の意味が常に捜し求められるようになった。発言の真意とか主旨といわれるものがそれである。ある人が公的な場で発言した場合、 その発言がその人の私的生活領域に根ざしたものであれば信用されるが、その発言がそうでない場合はただの言葉として受け止められるに過ぎず、 疑いの目で見られることになる。本年とはその人の公的でない、私的生活領域に根ざした発言をいい、「世間」に根ざした言葉として信用される。
(出典:阿部欣也『教養とは何か』講談社現代新書、1997年) (47字×61行=2,867字)

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A 「公的な意見として欧米流の建前を語り、私的には世間に即した本音を語るという日本のあり
方は好ましくない」という立場による

1. 筆者は、「日本では、公的な意見として欧米流の建前を語り、私的には世間に即した本音を語る」と
語っているが、そのような日本のあり方は好ましいか。
2. たしかに、本音と建前を使い分けるのは人間の知恵の一つである。しかし、そうした使い分けのため
に、日本では民主主義が成熟しないままでいる。
3. 日本では、社会のルールが定着していない。建前として民主的なことを語っても、それが社会では通
用せずに相変わらず古い体質で動いている。それを改めて、社会全体を民主化すべきである。そのた
めには、建前が単に建前でなく、本音になる社会にするべきだ。
4. 筆者の言う建前と公的意識、本音を私的意識といいかえることができるだろう。日本人は建前として公
的な意識を口にするが、実際には、私的意識を強く持つ。だから、公的な場で携帯電話で私的な話を
するなどの行為をとる。だから社会的な関心を持たず、民主主義も成熟しない。もっと公的意識を持つ
ような教育が必要だ。
5. したがって、日本では、公的な意見として欧米流の建前を語り、私的には世間に即した本音を語るとい
う状況を改めるべきである。

B 「公的な意見として欧米流の建前を語り、私的には世間に即した本音を語るという日本のあり
方は好ましい」という立場による

1. 筆者は、「日本では、公的な意見として欧米流の建前を語り、私的には世間に即した本音を語る」と語
っているが、そのような日本のあり方は好ましいか。
2. たしかに、建前と本音と建前がかけ離れるのは問題だ。しかし、社会に強要される建前とは別に、本音
を持って自分の私的な価値観を守ろうとするのは、人間の知恵だ。
3. 民主主義には、反民主的な意見が許されないという面がる。個人は差別意識を持つことがあるが、そ
れを表に出すべきでないとされる。そのため、個人はきれいごとを強要され、自分のアイディンティティ
を守ることができない。本音という逃げ道あってこそ、精神の自由を保つことができる。
4. 日本に限らず、どの社会にも本年と建前の区別がある。外国の場合、遠くから眺めるので、本音が見
えにくいに過ぎない。しかも、本音と建前の区別があるということは、社会性を持つべきだという規範が
社会に根強いということで、むしろ好ましいことだ。建前と本音に区別がつかなくなると、建前が崩れて
しまう。
5. したがって、現在のあり方でよい。

模範解答例

問題提起

 課題文をまとめるとこうなる。「日本ではもともと西洋的な個人意識は薄くて、世間という自分が 属する人間関係の」一員だった。世間を代弁するのが建前であり、自分自身の本音は、建前に 隠れていた。ところが、明治以降、日本は西洋の考え方を受入れて、社会構造や組織、教育面 では近代化がなされた。こうして、国家の体制と法制など制度面では近代化されたが、一人ひと りの人間の生き方は従来通り世間に即したものだった。こうして、政治家や学者や文化人は、 公的な場では欧米の個人に基づいた建前を口にして、公的な場を離れると世間に即して本音を 語った。こうして、本音と建前の区別が生まれ、本音というのは、その人の公人ではない世間に 即した言葉として、信用されるようになった。」(要約314字)
 では、公的な意見として欧米の建前を語り、私的には世間に即した本音を語るという日本のあり方は好ましいのだろうか。

意見提示

 確かに、建前と本音を使い分けるのは人間の一つの知恵である。もし、人間が本音を言えなくなり、社会的に要求 されているきれいごとばかりしか言えなくなってしまったら、人間は自由を失い、人間性を抑圧され、苦しむだろう。 しかし、そうした使い分けが頻繁に行なわれているために、日本での民主主義が成熟しないままなのも事実なのだ。

展開

 日本では、市民社会のルールが定着していない。建前として民主的なことを語っても、それが現実社会では通用せずに、 あいかわらず古い体質で動いている。たとえば、会社などで「休暇をとってよい」と決まっていても、その権利を主張すると白い目で見られ、 黙って言いなりになることを求められている。それどころか、口では市民の平等を語りながら、本音では、差別を容認していることも多い。 このような状況が続く限り、日本に民主主義が定着するとは思われない。このような状況を改めて、建前と本音の距離を縮め、 もっと市民のルールが定着してこそ、日本の民主主義は成熟するのである。

結論

 したがって、私は、建前と本音を別のものとみなす現在の状況を改めるべきだと考える。そうしてこそ、 建前を現実の世界に生かすことができるのである。

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